公開シンポジウム

「地球の将来のための土壌生物多様性」

2016年8月26日(金曜日)13:00-16:30、奈良春日野国際フォーラム甍 入場無料・申込不要

地球規模で急速に進行する土壌の劣化が、地球環境問題の解決に大きな位置を占めるようになっています。土壌動物学は、土壌の生物多様性、すなわち土壌に棲むあらゆる動物の分類、生態について研究してきました。私たちの暮らしを将来にわたって持続可能にするには、土壌の生物多様性をうまく維持する知恵が求められています。第17回国際土壌動物学会議を記念して、一般の方にもわかりやすく土壌生物多様性の重要性について解説し、一緒に地球の将来のための暮らし方を考えます。

シナ・アドル Sina Adl(カナダ・サスカチュワン大学教授)
「私たちの食料を育む土壌動物のハイパー多様性」

土壌は、地球上でもっとも生物多様性に恵まれた場所で、他のどこよりも多くの生物種が生活しています。どうしてそんなに多様性が高いのでしょうか?そして、土壌生物たちは土壌中で何をしているのでしょうか?土壌生物が有機物の分解に果たす役割は、土壌生物どうしの相互作用を詳しく見ることで理解できます。有機物が腐朽していき土壌となる様子や、植物に吸収可能な栄養分が供給される仕組みが明らかにされてきました。このような生物間の相互作用の研究分野は土壌生態学と呼ばれています。最新の様々な技術発展は、土壌を破壊しないで観察することを可能にしてきています。技術の進歩は土壌生態学の研究方法を変えつつあり、土壌生物の多様性と機能の関係について迫ろうとしています。気候が変動し、人口増加のためにますます多くの食料を生産することが求められる現在、この研究テーマはとても重要となっています。

 

中森泰三(横浜国立大学准教授)
「土壌を彩るキノコとトビムシの相互作用」

土壌では多種多様な種が互いに関係をもちながら暮らしています。では、個々の種の特性の違いは他の種との関係にどのような違いをもたらすでしょうか。キノコとそれを食べるトビムシを例にみてみましょう。スギエダタケという殺虫作用をもつキノコがあります。触れるだけでトビムシを殺してしまう細胞をもっていますが、ある種のトビムシはスギエダタケを食べます。トビムシの食べ方の違いでスギエダタケを食べられるかどうかが分かれます。また、キノコの繁殖体である胞子を咀嚼器で噛み砕くトビムシがいる一方で、咀嚼器をもたずに食べた胞子を無傷のまま糞中に出すトビムシもいます。後者の場合、キノコとのあいだに「食べる」という関係だけでなく「胞子を散布する」という関係をもつかもしれません。このように、個々の生物種の特性の違いによって、直接的な関係をもつ生物の種類やその関係の仕方が違ってきます。土壌を注意深く観察すると、生物の織りなす多様な相互作用で彩られていることに気づくでしょう。

 

hidaka日鷹一雅(愛媛大学准教授)
「農業生態学とただの虫」

“ただのむし”という言葉は、この30年間に創られてきた用語であり、農学、生態学上、すなわち農生態学(Agroecology)そして農業現場にける一つの概念であるけれども、おそらくそれ以前に土に根ざした人々によって普段使われていたかもしれない。私自身がこの言葉を深く脳裏に刻んだのは、三つの場面がある。1980年代前半、農業技術研究所(現:農業環境技術研究所)の害虫管理研究室では、日夜IPM(総合的有害生物管理)の先導的な基礎研究が行われた。室長桐谷圭二(1984)が「害虫個体群も経済的許容密度以下ならば「ただの虫」」と、IPMを誰でもわかりやすい表現で示そうした場面で、個体群レベルで「ただの虫」が使われていた。1985その後、大学院博士課程に進学し、故郷の広島に帰り、有機・自然農法と慣行の集約的農法の比較研究を進めているうちに、無農薬継続水田で、それまで気が付かなかった土壌動物に出会う事になり、ウンカシヘンチュウとヒゲナガトビムシはその代表格であった(日鷹 1990)。とくに後者は、「ただの虫」を連想するに相応しく、害虫なのか益虫なのか、全く無視され続けていた「ただの虫」であった。当時、九州や広島では虫見板による減農薬稲作運動がさかんであったが、某農業雑誌に「この“ひげむし”の名前を教えてください」という生産農家さんの質問が出ていた。すでに分類同定と餌に関する室内実験は終えており、アカボシヒゲナガトビムシ(当時の学名 Kinoshita 1916)とアヤトビムシ科sp.がよく水田で増殖し、灰色かび病菌やイネモンガレ病菌の菌糸を食べることを発見していたので、それを伝えた。ここで第2の場面として、群集レベルの「ただの虫」の実在に触れたこと、さらには実験を通して、このトビムシは作物病原菌を食す天敵として益虫かもしれないし、クモ類やケシカタビロアメンボ属といった広食性捕食者の代替餌になる可能性も示唆し(高橋・日鷹 1992;日鷹 2012)、「ただの虫」は生態系および農業の機能上「ただならぬ虫」であるという三つ目の見方を示した(日鷹 1994)。本来の“徒の”(ただの)の意味からして、「尋常にあらず」という意味の言葉なのである。
 さて、ただならぬ「ただの虫」は、農業の生態系の中でどれくらいを占めるのだろうか? その研究はまだまだ未知の領域であり、とくに農業を支える土の中や地上には多種多様な無数の生物が生息していることは近年までの研究で明らかであり、それはどこでもいうわけでもないらしい。私たちがどのような農生態系をつくりあげ維持した場合に、良い方向での「ただならぬただの虫」の豊かな世界が診られるのだろうか? これまでの演者のフィールド研究を紹介しながら、みなさんと豊かな大地の実りの実現方法について考えたいと思う。

 

休憩

IMG_4226.JPGカタリナ・ヘドルンド教授(スウェーデン・ルンド大学)
「土壌と土壌の生態多様性の持つ生態系サービスの主流化 持続可能な生物生産に向けて」

土壌と土壌の生物多様性は農業生産の基礎であり、食料・飼料、そして、繊維といった基本的な生態系サービスを生み出しています。土壌は炭素や栄養塩類を蓄えることで気候も調整しています。農業の集約的な管理は侵食、土壌有機物の消耗、土壌の圧密化を通して広範な土壌の劣化を引き起こし、土壌の肥沃土が危機的な状況にあります。農地における一次生産の増加のためにはさらなる管理の集約化が予測されています。増大する農地への期待を満足するために、私たちは集約的な農地管理の負の影響を定量化し、土壌をうまく管理することでどのように気候変動や、施肥量の削減、そして長期的な農家の収入の増加を達成できるかについて、多くの研究プロジェクトを実施してきました。地球規模での現在、そして将来の政策における農業生産、土地利用や土壌の生物多様性と、社会経済モデルにおける持続可能性との協調が、生態系サービスの主流化を農家の経済的な意志決定に結びつけられようとしています。

 

金子写真ー小金子信博教授(横浜国立大学大学院環境情報研究院)
「日本発、世界で役立つ土壌生物多様性を活用する農業」

世界的に、有機農業の重要性が再認識されています。日本で多くの実践農家がいる「自然農」「自然栽培」といった農法は、有機農業のひとつのやり方であり、土壌を耕さない「不耕起」、なるべく雑草を排除しない「草生」といった共通した特徴があります。このような管理の結果、土壌の微生物や動物といった生物多様性が増し、そのことが土壌の物理化学性を改善します。このとき、あまり肥料をやらなくても十分な栄養塩類が土壌から供給され、土壌生物が病原菌を抑制し、地上のクモのような天敵の餌となるので、無農薬でも健全な作物が育つ状態になります。「不耕起」に「草生」を組み合わせる農法は世界の他には見られないものですが、海外での試験でもうまくできることを確かめました。日本で始まった「不耕起・草生」は土壌の生物多様性を活用することで、世界のどこでも規模にかかわらず土壌を保全して、安全な農産物を供給することができます。